2001年 10月27日(土)                        

       
海に転落
                                 
てんもう かい かい そ
「天網 恢 恢 疎 にして漏らさず」
これは老子の言葉で、天の法律は広大で目が粗いようだが、悪人は漏らさずこれを捕らえる意なそうだ。
(「無名仮名人名簿」向田邦子より)
今日の災難は日頃の行いが天法の網にかかり、纏めて罰を受けたかのようだった。

堤防から海に転落したのは、朝の7時25分。
まだ釣りを始める前である。
天気は快晴、風も穏やか、海はうねりがあったが、とても事故などが起こる雰囲気はなかった。

昨日までのあれやこれやが脳の中で湧いたり消えたりし、ボーッとしていたこともある。
目前で一閃、二閃の赤信号が明滅していた、気にもせず左足を大地に運び。
次に右足を引こうとした時、そのまま海側に体が倒れ。

ーそんな馬鹿なー
と思いつつ海にドボーーン。
−なんたるこっちゃ〜ー
と海に浮かんだ時には、まだ白昼夢を見ているようだった。
この時、しこたま海水を飲んだ。

重いリールの入ったバッグを背負い、ライフジャケットも、浮き輪も付けていなかったが。
まるで宇宙遊泳をしているかのように、プカプカと体が水面に浮いていた。
6メートルの高さがある堤防の上に、人影が4〜5人見える。

皆、
「..........」
大沈黙。
「頑張れよ!」
と一人が叫んだ。
この声で急に現実に戻り、我ながら一世一代の大恥辱と体が熱くなる。

船に引き上げられるまで、海上にどれだけ漂っていたか。
船から梯子が下ろされ。
それに掴まったが、手と足が動かない。
梯子を1段よじ登れないのだ。
両手と両足に、何百キロかの鉄アレイを、ぶら下げているようだった。

手を上に数センチ移動するだけでも重労働で、ハフーハフーと肩で息をしていた。
年老いてガタガタのポンコツ車になった我が身を、嫌と言うほど思い知らされた。
結局、マグロを吊るすようにロープで体を縛ってもらい、船に引き上げてもらった。

ずぶ濡れのままバイクに乗り、帰って来た。
途中、悪寒でガタガタ体を震わし運転して来た、我が家が今日ほど遠く感じた事はなかった。

自宅前に着くと、カミさんが笑いながら出て来て。
「ずいぶん早いお帰りですね」
すぐ、ドブ鼠のノビタに気がつき、
「どうしたの?川に落ちたの?、田んぼ?」
海に落ちたの?とは聞かない。

川や田んぼに、泥鰌でも掬いに行ったと言うのであろうか、その間抜けな質問にイライラした。
カミさんのピント外れの質問を聞いた途端に嘔吐し、ヘルメットの中が唾だらけとなる。

「海に落ちたんだヨッ、早く風呂を沸してくんなまし〜!」
ヘルメットを被ったまま、悲鳴に近い声で叫んだ。
カミさんが風呂を沸かしにバタバタと家に走って行く。
風呂に入り体が暖ままると、やっと落ち着きを取り戻した。

ノビタが風呂から上がり着替えをしていると、
「ミー、始まるよ〜!早く、早く」
二階にいるミーを、カミさんが階下から呼んでいる。
ミーがドタ、ドタ、ドタと階段を駆け下りて来た。
ノビタが着替えて居間に入ると。

嬉しそうにわくわくした顔が、テーブルの前に2つ、茶を啜りながら並んでいた。
まるで最新作の映画の、クライマックスの話しをせがむ様に、
「お父さんどうして落ちたか、早く教えて!」
転落から助けられるまでを話すと。
「ナーーンダ、ソレダケ?」
2人共、まるで期待外れと言った顔をしている。

彼女らは何を期待していたのだろう?。
ノビタが水中でバタバタ手足を動かし、もがき苦しみ、何時間か死の恐怖と戦い、九死に一生を得て生還した事を期待したのか?。
ハリソンホード主演のアクション映画に麻痺している彼女らのお脳には、ノビタの災難はあまりにもささいな事だったのか。

みんなの同情を引こうと、
「ひょっとすると今夜が通夜で、明日は告別式、そして火葬、灰になるところだったよ」
と言ったが、これで墓穴を掘った。

「お母さん、お父さんの生命保険いくらかけてんの?」
「アーは、まだまだ学校があるのよ」
「お父さん、もう海は行かないでよ」
「お父さん、もう海に行く事を許可しません」
要は、まだ利用価値があるので、危険な海に行くなという事になってしまった。

カミさんとミーは話題を替え、ミーが今日着て行く服が派手だの、派手じゃないのと騒いでいる。
話題の外にいるノビタの胸の中は、ピューッと木枯らしが吹いていた。

バッグに入っていたソニーのサイバーショットは海水に浸り。
スイッチをオンしたが、既に、ご臨終。
カメラを新たに買い替えるとなると、単にデジカメだけでなく、PCも買い替えなくてはならない。
なぜならば、ノビタのPCはWindows95で、最近のデジカメのUSBインターフェイスには対応できないのダ。
ちと我が家の経済レベルからすると大事になってしまい。
カミさんに頼んだが、有無を言わさず却下されてしまった。

と言うわけで、ノビタはしばらくホームページを休ませて頂きます。
(ノビタは、写真付きでないと文が書けないので・・・)

聖ベルナーレの、
「生まれたのは偶然 生きるのは苦痛 死ぬのはやっかい」
が、何の脈略もなく思い出される。
海に浮かんでいた時、不思議と恐怖感が無かった、生への執着心が希薄なのか、どうせこの世はなるようにしかならないと、悟りを開いた境地だったのかしらん?。

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