春の異変か 春の宵 サフラン色に染まった空 「運動なら、団地の中を散歩すればいいのに」 と今日も、果物ナイフのような言葉で、心をグサリ。 確かに結果だけみると、魚を釣って来るわけじゃないから単なる運動かもしれんけど。 「団地の中で、男のロマン(夢)を追えというのか、尺メバルを釣れというのか」 と声に出さずに、大声で叫んだ。 もしノビタが、夕暮れに団地の中を徘徊していたら、間違いなく不審者と思われ即御用になるか、恍惚の人と思われ即病院に入れられるかである。 すると彼女は、その筋の関係者に晴々とした顔で、 「家の人ではありません」 と白を切るのかもしれない。 このノビタの胸の内を、谷村新司は、見事に歌にしてくれた。 いき 「呼吸をすれば胸の中 こがらし な 凩は吠き続ける されど我が胸は熱く 夢を追い続けるなり♪」(「昂」) 男の名誉にかけても釣らねばと、悲愴な思いを胸に。 我は行く。 海を渡る透明な風が南から北へ。 夕陽が沈み、サフラン色に染まった西の空に。 夜がしのびより、星の数が増してきた。 春うらら、春眠暁を覚えず・・・か。 しゅんしょういっこく あたいせんきん 春宵一刻価千金、釣れなくてもいいじゃないか。 魚ナンゾ、ナンボノモノカイ。 アタリ頻繁なり 浮子釣り用の竿を2本用意した。 根がものぐさなので、いつも竿は1本だけだが。 今夜は男の名誉にかけても、 「皇国ノ興廃 コノ一戦ニアリ」 で行くのだ。 すっかり暗くなった午後7時、釣り開始。 仕掛を投入してから1〜2分。 足元に近い黄色い電気浮子が、キリモリ状態で沈んだ。 ピシッと合せる。外れた!。 気を取り直し、再度仕掛を足元に。 また沈む。合せる。外れた!。 3度目に、やっと手応え有り。 「やったぜベービー」まずは1匹!。 2匹目を釣った時に、携帯電話が鳴り響き。 ハイ、ハイ、と携帯電話を耳に持って行くと。 ドラえもんさんの声だ。これから来るらしい。 この後も、アタリが続く。 まるで今夜の釣り場は、不妊症に陥ちた澱みに、排卵誘発剤を投与した如く、次々とメバルが湧いてくる騒ぎだ。 赤色と黄色の浮子が 午後8時半。 いつかアタリが消えて。 「松の木ばかりが まつじゃない 今か今かと 気をもんで メバル待つのも まつのうち♪」 (「まつの木小唄」) と待つ身は切ないな〜。 午後9時、ドラえもんさんが暗闇から登場。 「もうアタリは消えましたよ」 と話すと、名人はゆったりと微笑み、まるで関係ない風に、淡々とノビタの隣りで準備を始めた。 その余裕、その気迫、その自信は、何処から湧いてくるのかしらん。 ノビタとは月とスッポンだ。 月とスッポンなら、月の方が良いに決まっているけど。 いつまで経っても月になれない(上達しない)ノビタは、 「桃栗三年 柿八年 だるまは九年 俺は一生」(武者小路実篤) とあきらめるしかないのか。 そして名人、開始するや否や良形のメバルをゲット!。 もうやってられませんぞもし。 モンスターゲットbyドラえもんさん 午後9時半頃。 ノビタが、餌の付け替えをしていた時だった。 突然、圧力釜の蓋が、ブッ飛んだようなドラえもんさんの叫び声が、耳の穴に飛び込んできた。 「キターーーー!」 「これは大きい、これは〜アァァァ♪」 とエクスタシーに近い声が。 「これは尺を超えてますョ!」 闇の中で、化け物とガップリ4つに組んだドラえもんさん、体を大きく後ろにそらす、それは恍惚の姿勢のような。我慢しろ男だろ。まだ早い。 「キーーッ、キーーッ」 とリールが悲鳴を上げた。 3〜4分経過。 「バッシャ、バッシャ、バッシャ」 獲物が、足元の堤防際に浮上したのだ。 堤防の上から水面まで5メートル。タモ無し!。 後で教えてもらったのだが、ハリスは1.75。 髪の毛ほどの細い道糸である。 「大丈夫ですか?」 「大丈夫です、引き抜きます」 ドラえもんさんの竿は、極細の中通し0.6号磯竿4.8メートル。 その竿が、”へ”の字を圧縮した形となり、屈折の限界に。 そのまま竿を持ち上げる。 獲物が水面を切った。 竿が重さに耐えられずグラグラ揺れて、 「ドボーン!」と獲物は再び海へ。 「大丈夫ですか?」 「大丈夫です」 獲物は逃げていない。 ノビタは、ドラえもんさんの廻りを、ヒョコヒョコと飛んだり、跳ねたりしているだけ。 そして、 「かくべーさんがいれば、あのマグロでも掬えそうな大タモで、一発で仕留められるのに。あの大タモ、こんな時に使わないで、いつ使うのか」 と此所にいない”かくべーさん”に、やつあたりしていた。 獲物が走った。 ドラえもんさんが、魚に引かれて15メートルほど移動した。 そして2度目の引き上げを試みる。 そしてまた竿がグラグラ揺れて、 どうだ、まいったか! 「大丈夫ですか?」 「大丈夫です、糸を掴んで上げます」 「大丈夫かな〜」 と不安になりながらも、名人なら引き抜けるような気がした。 それにしても5メートルの落差だぜ。 「・・・・・・・・」 一瞬、空気の流れ、時の流れ、人の呼吸も、全てが止まったような静寂が。 直後に、堤防の上で、ドタッ、バタッと乾いた音が響いて来た。 飛んで行く。 見ると針が、口に僅かに掛かっているだけ。 危機一髪だった。 名人が、顔じゅう皺にして笑っている。 そのスッキリした顔、その夢見心地の顔。 滅多にあるこっちゃないゾ。 「笑っていいとも!」 40cm超の堂々たるアイナメだった。 ”汝の敵を誇りとすべし”に相応しい大物だ。 名人がボソッと曰く。 「これがメバルだったら」 コラッ!、欲をこいたらいかん、欲を。 納竿 本日釣果 午後10時、ドラえもんさんは、もう結構と満ち足りた顔をして納竿だ。 そりゃそーだよ。 モンスター級のアイナメを釣ったんだもの。 これに比べれば、今日のノビタの小メバル5匹は、屁みたいなもん。 雲子にもならん。 せめて雲子くらいの大きさだったなら・・・。 またカミさんに馬鹿にされそうである。 帰りは、ドラえもんさんに家まで送ってもらった。 本日釣果 小メバル 5匹 The End |