涸沼川の未来はバラ色?灰色? ぼやき 鯉泳ぐ空 それは、もう遠い昔話か。 10〜15年前のこの時期、涸沼川は岸辺のあっちこっちで、サヨリの魚紋(もじり)が、次々と湧いていた。 午前中に50匹釣ったことも有る。 あの頃、この季節になると、24時間、頭の中の水槽でサヨリが泳ぎ廻り、仕事が手につかなかった。 そのサヨリも、年々その数が減り、此所数年は1日粘っても1匹釣れるか釣れないかになる。 今は、 「涸沼の川でサヨリを釣ったことがある」 と話すと、すぐ病院に入れられてしまいそうだ。 サヨリがいなくなった原因は、複合的要因によるものであろう。 その一つ、護岸工事で岸辺をコンクリートでお覆い、葦や、藻と共に、魚の餌となるミミズや、ゴカイや、青イソメや、昆虫の幼虫まで葬ってしまったのだ。 その一つ、畑や、田んぼに散布した化学肥料や、農薬が雨水とともに川に注ぎ込んだ影響も無視できない。 その一つ、ブラックバスなどの外来種の魚が、稚魚を食い荒した可能性もある。 その一つ、これでもかとばかりに、魚網で密猟する人々が、サヨリを一網打尽にし、抱卵した親ともども子供まで葬ってしまったのだ。 今、涸沼という魚を産み育てる子宮が、惨々に荒され、回復不能な不妊症に陥っている。 辛うじてまだ、スズキ、カレイ、マルタ、ニゴイ、ハゼ、シジミなどは、数は減りつつも、まだ棲息しているが。 これらの魚類まで絶滅させないよう、涸沼の湿地帯の自然はそのまま残し、かつこれ以上の護岸工事は止め、川に生活用水を流さず、畑や田んぼに側溝を設けて、雨水が川に流れ込まないよう保護策を嵩じて欲しい。 人間も、生物が絶えた川の側で暮らすのは、不気味であるはず。 このまま涸沼川を放置しておくと、魚類絶滅供養の南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・・・の念仏が、涸沼の岸辺に流れる日も遠くないような気がするのだが・・・・。 過去の栄光 12年前の午前中の釣果 1999年5月1日の釣果 ![]() ![]() アジさんも、フクさんも サンマ級サヨリ釣りは、遠くなりにけりなのか。 アジさん、フクさんと3人で、4年ぶりに涸沼川へ釣行した。 干潮が午前8時なら、川の流れが止まるのは10時〜10時半頃だ。その時刻が時合だ。 午前7時半、釣り開始。 我々の他に、”見果てぬ夢”を追うサヨリ釣り師が4人、いずれも百戦錬磨風の強豪に見えた。 昨日は気温が27度まで上がり、夏の陽気だったが、今日は14度と夏から早春へ逆戻りし。 東風は、鼻水を誘う寒さだ。 我々を含む総勢7人の釣り師が、Lucky strik again!を夢見て、1時間、2時間、3時間、・・・・ひたすら浮子を見つめ続けた。 ミクロの魚 ピク、ピクと浮子が踊り、そして僅かに沈むアタリがあった。 すわこそと合わせたが、空振り。 餌の大粒アミは、しっかと盗られている。 何度も、何度も、空振りした後。 針の先に藻のような物が付いていたので、それを外そうとしたら、何と魚だ。 袖針6号と、ほぼ同じミクロなダボハゼが、背中に針掛かりしていた。 この後、それより5mmほど大きい奴が、ダブルで掛かって来ただけ。 「サヨリは何処だ〜!」 結局、午前7時半〜午前11時半まで4時間サヨリを追ったが、7人全員、その姿を見ることが出来なかった。 本日釣果 ボーズ The End |