2004年7月18日(日)三流の釣り場(小メバル)
             午後7時〜午後9時

  
     いつもの小メバルを

夢覚めず                            午後6時半
「少年老いやすく 学成り難し

一寸の光陰軽んずべからず
 (いま) (めざ)    (ちとうしゅんそう)
 未だ覚めず 池塘春草の夢
(かいぜん) (ごよう) (すで) (しゅうせい
 階前の梧葉 己に秋声」

   (朱熹「偶成」)

行雲流水、瞬く間に時は過ぎ。
冬、春、夏と、見果てぬ夢、尺メバルを追っているうちに、もうすぐ秋の声だ。
夢叶わず、小メバルだけが人生を知る。
それでもめげずに。
”奮闘努力の甲斐もなく、今日も涙の 今日も涙の・・♪”
を繰り返す。

重い腰を上げ
今夜は潮が動かない。
海はベタ凪だ。
風の向きは東。
こんな条件で何が釣れる?。
先日の、黒鯛9匹の栄光は既に過去、百万光年の彼方に消え去った。
「山高ければ谷深し」
黒鯛から小メバルでは、あまりに落差が大きい。
でも、
「釣りに行く、これぞ生きている証である」
と重い腰を上げた。

  
湖の様な海で
釣り道具を背負い玄関に向かうと、
「どちらへ?」
と、カミさんが。
海へと応えると、何をしにですか?と、いつもの挨拶が返って来た。
そしてカミさんは、畑に行って来ますと言い。
「畑では野菜がいっぱい取れますから」
といつもの嫌みを、ノビタの背に投げてよこした。



釣り場は人だらけ
駐車場からはみ出した車が、道路脇にズラリと並んでいる。
釣り場も、釣り人でゴッタがえしていた。
港の立ち入り禁止区域が広がり、締め出された釣り人が、行く場を失い集まって来たのだ。
正悪の判断基準を、全知全能の神というスケールで照らしたならば、罰せられるのは立ち入り禁止区域に入る釣り人ではなく、立ち入り禁止の港を建設した権力者達ではないか。

竿1本、針1本で
いつもの場所に行くと、7〜8人が釣りをしていた。
空いている所に入り。
今日は、竿1本に、針1本のシンプル・イズ・ザ・ベスト!で臨む。
餌は、沖アミにした。
1本の竿、1本の針に精神を集中する、これぞ芸術、これぞ釣りの神髄である。
塚原卜伝が、刀で岩を真二つに切ったのは、精神を1本の刀に集中したからである。
釣道も、竿1本、針1本の勝負でなければ、道を極めることは叶わないのでは?。
でも投げ釣りの時は宮本武蔵で行こう、竿2本で勝負だ。

ポチポチ
午後7時、第一投。
アタリ無し。
海はベタ凪。
無風。
夜空には靄が薄く広がり、星が僅かに数個、白くぼんやりと見える。
停泊中の貨物船のエンジン音が、ドドドドドドドド・・・と鳴り響き、周囲の静けさを吹き飛ばしていた。
遠くで鈴の音に混じり、アナゴが釣れた〜の叫び声が、続いて数人の走る足音が聞こえてきた。
すでに周囲は闇の中。
                                    
空揚げサイズ
開始から10分ほど経過した時。
赤い電気浮子の灯りが、スパッと真っ黒い海に消えた。
メバルだ。
合せる、手応えあり。
黒鯛の手応えとは程遠い、たわいない軽さ。
ああ智の哀しさ、黒鯛釣りを知っ身には物足りない。
上がったのは、毎度お馴染みの15〜16cmの小メバルだった。
この後も、ポツリ、ポツリと忘れた頃にアタリがあったが
、午後8時半を過ぎるとパタッとアタリも止んだ。

納竿
午後9時、三流の釣り場を後にする。
初めから予想された結果だが、小メバル5匹が本日の釣果。
この疲労のおびただしさは何だ。
体力の消耗だけではない、陰惨で鬱な体内に蓄積された澱(おり)が攪拌され、全身が蹂躪されている。
ヨタヨタと重い足を引き摺りながら、漆黒の闇の中を駐車場に向かった。

本日の釣果
  小メバル  15〜16cm  5匹
The End。

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