思いがけない勝利♪ 月下で・・・ 真タコの値段 スーパーの食品売り場に行くと、真タコが陳列されていた。 それを見た瞬間思わず、 「トレビアーン♪」 と心の中で快哉したね。 小さなトレーに盛られた正味量102グラムの真タコが、ナント!298円である。 家に帰りカミさんに報告すると、 「調子にのるんじゃないぞ!」 と嫌な顔をされ、 「野菜の値段をチャンと見てこい!」 と追い討ちを。 思わず、 ーくやしかったら朝鮮人参か、松茸か、キュウリ(この季節は高値だ)でも栽培してみろ。 と胸臆で毒ついていたね。 (我が家では、山の幸はカミさんの家庭菜園で、海の幸はノビタの釣りで、と形だけは賄うことになっている) 3日ほど前、80歳の妻が75歳の夫の殺害を計画、殺人未遂容疑で逮捕された事件がテレビで報道されていた。 ”丙午(ひのえうま)の女は男を食う”(干支(えと)の丙午に生まれた女は夫を殺すという迷信)という言い伝えがある。 ーこの女性は丙午生まれだったのか?。 凶悪犯罪が後をたたないが、それほど身につまされるものはない、でもこの事件だけは身につまされましたねーー。 この事件、”対岸の火”ですましてよいのだろうか。 所詮、夫婦は赤の他人、男と女。 「男と女の間には ふかくて 暗い 河がある♪」 (『黒の舟歌』by加藤登紀子) なのだ。 敵が何を考えているのか本当の所よくわからない、ひょっとしたら我が家にもイエローカードか、レッドカードが出ているのかも・・・。 いざ出撃 久々にタコを狙う。 昼間は潮の動きが鈍いので、今日は夜討である。 満潮17時12分、潮が動き出すのは18時半ごろ、と早めに夕飯をすませ家を出た。 港はすでに夜の闇にどっぷり漬かっていた。 オレンジ色の三日月が、南西の空にひっそり浮かんでいる。 星は薄い雲に覆われ、ほんの数個だけ。 北風がヒューヒュー吹いていたが、寒くはない。 夜タコを狙うのは初めてだが、ボーズは避けたい。(自分の釣歴に傷がつく) 頼山陽の漢詩に、『不識庵撃機山』がある。 この詩は、上杉謙信が川中島で、乾坤一擲、武田信玄と雌雄を賭けた決戦を表したもの。 「鞭声粛々夜河を渡る 暁に見る千兵の大牙を擁す 遺恨十年一剣を磨き 流星光底長蛇を逸す」 上杉謙信ではないが、ノビタもぼんやり伸びた白い道を”鞭声粛々”と、タコが待つ決戦場に向かった。 北風が吹き荒れる海で 釣りを開始したのは、午後6時25分。 暗闇の中でよくわからねど、堤防には3人のタコ釣り師と、ヘッドランプを付けた4人のエビ釣り師がいるようだ。 10分、20分、30分、40分・・・と時が過ぎて行く。 「お〜いタコよーー。どこにいる?」 と暗い海に呼びかけながら探っていると、それにこだまするよに仕掛けが停止する時がある。 一瞬、心が踊るのだが、全て軽い根掛りだった。 その都度、失望を味わいながら、また探り続ける。 ヒューヒューと耳を切る風に、寒さが加わってきた。 頭の中では、あせりと、せつなさと、むなしさが、真っ黒な渦になって吹き荒れていた。 「タコよーーどうした?。早く出てきてくれーー」 野口英世の母シカが、アメリカにいる息子(英世)に宛てた手紙に、こんな部分がある。 「・・・・・・ はやくきてくたされ。 はやくきてくたされ。 はやくきてくたされ。 いしょ(一生)のたのみて(で) ありまする。 にし(西)さむいてわ おかみ(拝み)。 ひかし(東)さむいてわ おかみしております。 きた(北)さむいてわ おかみおります。 みなみ(南)た(さ)むいてわ おかんて(で)おりまする ・・・・・・」 まるで次元が違う話しで申しわけないのだが、ノビタがタコを待ち焦がれる思いも同じであった。 ノビタとタコの死闘 と・・・・。 海底をヒコヒコと引き摺っていたタコ天仕掛けが、ガガと岩盤を擦るようにして停止した。 ヘッドランプを点け腕時計を覗いた、午後7時43分だった。 強引に抜こうとしたが、動かない。 ータコか? 半信半疑のまま、道糸を弛ませ置き竿にした。 <そのころ海底では> タコが、 「わが輩はタコである。まだ名はない」 と言ったかどうかは知らないが、8本の足を岩盤に張り付け、タコ天を抱いていたのである。 タコは2日前に、小さなヒラツメカニを一匹食べたきりだった。 飢えていた。 暗い岩盤の影に隠れ、獲物が近ずくのを今か今かと待っていた。 朝から晩まで、太い針を付けたサンマが何度も目の前を行き来していたが、彼はだまされなかった。 彼は驚くほど用心深かった。 なぜなら彼は、生まれた時から親を知らず、兄弟を知らずの天涯孤独で、このせちがらい海の中、独りで生き抜いてきたのだ。 でも今日は飢えていた。 周囲が暗くなると目が霞み、飢えが極まり、意識が朦朧としていた。 そして魔がさしたと言うべきか、とうとうタコ天仕掛けに飛びついたのだ。 サンマに付いている針が見えなかった、見えたのは美味しそうなサンマだけだった。 飛びつくと同時に、サンマが逃げようとした(注:ノビタが上で引っ張った)。 彼はサンマが逃げると思い、 「逃げるか!」 とサンマを強引に引っ張り、岩盤に張り付いた。 その瞬間、 「ガガガ」 と針が岩盤を擦った。 その音を聞いた途端、彼は罠に嵌ったことに気がついた、 「シマッタ!」 と臍尾噛んだが遅かった。 直後、道糸が弛んだ。 彼は、人間がタコを油断させるための戦略であると、一瞬にして悟った。 そして、 「やるか人間!、俺はお前なんかにゃ負けないぞ!」 と、彼は海底から堤防の上に向かって宣戦を布告したのである。 <地上では> 糸を弛ませてから5分経過した。 もしタコなら、岩盤から足を離しているころの時間である。 タコを引き上げようと。 ヘッドランプを点けて竿先を照らしながら道糸の弛みを取り、竿先を下げ、腰をかがめ、 「エーーイ!」 とエンジン全開で竿を振り上げたが、仕掛けはビクともしなかった。 まるで鉄の塊でも引っ掛けたような固さだ。 ー根掛かりだ! リールのドラグを固く締め直し、ギリギリと竿を引っ張ったがピクリともしない。 真っ暗な堤防、水面から6メートルはある高さ、での綱引きである。 海に引っ張り込まれるような恐怖が、湧いてくる。 根掛かりなら意味もないが、また道糸を弛ませ竿を放置しておいた。 <海底では> 海面が、ヘッドランプの灯りで一瞬明るくなると、 「来るぞ!奴は一気に俺を引き上げる気だ!」 と叫びながら、彼はより強い力で岩盤に張り付いた。 直後に。 ガーン!と強烈な引きがきた。 彼は耐えた。 ーこれくらいの引きがなんだ!。俺は海底がゴーゴーと渦を巻いていた時でも岩盤に張り付き、じっと耐えてきたのだ。 こうなったら持久戦と。 彼は、人間があきらめて道糸をハサミで切るのを待った。 <地上では> 時間を置いて、何度か仕掛けを引き抜こうとしたが、仕掛けは動かない。 何度目かのトライだった。 竿先を力を込めて引くと、バリバリと何かが剥がれるような・・・、そしてズルズルと30cmほど持ち上がった。 ーソレッ! とリールを巻こうとしたが、仕掛けはまたも凝固。 そのまま膠着状態に。 時は過ぎていく。 ー道糸をハサミで切るしかないか。 と、ほとんどあきらめていた。 時刻は午後8時5分。 渾身の力を込めて竿を引っ張ると。 バリバリバリと、何かが剥がれるような感触が。 <海底では> 時間を置きながら、何度も、何度も、強烈な引きが来た。 その度に彼は踏ん張り、 「皇国ノ興廃コノ一戦ニアリ、各員一層奮励努力セヨ!」 と、8本の足を叱咤激励していたのだが。 人間は、なかなかあきらめない。 彼は2日間何も食べていなかった、彼の体力はすでに限界に近ずいていた。 そして、とうとう難攻不落の城郭が・・・。 足が1本バリバリと岩盤から剥がれた、続けて2本目がバリバリと、そして3本目がバリバリ、点、点、点、点。 とうとう彼は岩盤から引き剥がされ、水面に浮上して行った。 タコの述懐。 ーなぜだ? 俺は全身全霊をかけ、人間に根掛かりと思わせるようガッチリ岩に張り付いていた。 これまでの経験では、このような膠着状態が長くても15分続くと、人間はあきらめて道糸をハサミで切っていた。 その度に俺は難を逃れてきた。 ところがどうだ? 今回は、膠着状態が30分も継続したのに、人間は道糸をとうとう切らなかった。 人間は、俺の張力の限界を見通していたのだろうか。 まるで川中島の決戦で、武田信玄の作戦の裏をかいた上杉謙信の戦法ではないか。 違うのは、武田信玄は危機一髪のところで難を逃れたが、俺は人間に捕まったということか。 そして彼は、 「わたしは今日まで生きてみました そして今わたしは思っています 幸せだったと♪」 (『今日までそして明日から』by 吉田拓郎) を歌いながら、いさぎよく海面に浮上して行ったのである。 <そして地上> 「ソレーーッ、今だ!」 と全力でリールをギリギリと巻いた。 何かが浮上してくる。 「・・・ゴミ?」 海面を、ヘッドランプで照らした。 なんと、タコだった。 タコが掛かっていたなんて、全く予想していなかった。 そのまま一気に堤防の上に。 「グシャッ!」 とタコは、堤防の上に落ちた。 1.6キロの真タコだった。 信じられないような戦果だった。 納竿 根掛かりと勘違いしたタコとの戦いに、拍子抜けしてしまった。 でもあきらめて道糸を、ハサミで切らなかったことに、ホッ! 思わぬ天からの恵みに満足し、今夜はこれで充分と午後8時半、納竿。 家に帰り、いつものようにタコを計量す。 始めに、ビニール袋に入れた真タコを持ち体重を量り、そのあと何も持たないで体重を量る。 その差分がタコの重量だ。 この方法は先日、床屋に行った時に散髪してくれた女性が、ご主人も同じ方法でタコの重量を量ると言っていた。 タコの重量を量る方法としては、割とノーマルなのかもしれない。 本日釣果 真タコ 1.6キロ 1杯。 The END |
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