2010年4月18日(日) 午後6時15分~午後9時 某堤防
那珂湊 水温 
ー.ー度 <潮>中潮 満潮 19:39 干潮 12:11
ノビタの釣り天国


         選んでいる場合ではない

                                         いとおかし魚
鈴が鳴る
午後7時40分。
足元に置いていた竿の鈴が鳴った。
「リリーン、リリーン、リリーン・・・
久々の鈴の音だ。
舞い上がり胸がときめく。
なんて元気な音色だろう。
なんて楽しい音色だろう。
なんて美しい音色だろう。
この鈴が鳴るたびに。
ルイ・アームストロングが歌う『この素晴らしき世界』が地上に満ち溢れる。
ーそう!
”何て世界は素晴らしいのだ”

仕掛けを、ゆっくり引き上げてくる。
竿先がお辞儀を繰り返し。
竿先の鈴が、リリリーン、リリリーン、リリリーン・・・と大騒ぎ。
獲物は海面に近づくと。
これまでより強く抵抗してきた。
ーガンバレ!
と言いつつ、一気に海面から引き抜いた。
                                        
   この素晴らしき世界
いとおかし魚
ヘッドランプの灯りに浮かんだのは、宙で体をよじっている各駅停車(ドンコ)。
ーああ。
アイナメかソイかと期待したのだけど・・・。
でもここしばらく不漁続き、もはや魚を選んでいる場合ではない。
とレジ袋の中に魚を放り込んだ。

「男こそ、なほいとありがたくあやしき心地したるものはあれ。
いときよげなる人を捨てて、にくげなる人を持たるもあやしかれ。
・・・・・・」
清少納言の「枕草子」の中の男性論である。
人を魚におきかえればよろし。
いときよげなる人(魚)とはメバルのこと。
かつ捨てたのではなく、捨てられたが正しい。
各駅停車はにくげなる魚だけど、この時期はいとおかし魚。
なんで捨ててしまうことなどできようか、清少納言殿。
ノビタのポリシーは、
「来る者はこばまず、去る者は追わず」
さあいらっしゃい各駅停車さん。

方針変更
午後6時15分、釣り開始。
空気に闇が溶け港がボンヤリと消えてゆく。
冷たい南風が堤防を駆け抜け、波がザザー、ザザーと堤防下を洗っている。
堤防には誰もいない。
バナナのような三日月が、西の空にボーッと浮かんでいた。

今夜の目的はメバル。
竿は2本出した、2本とも磯2号5.3メートル。
それに、電気浮子つきの胴突き3本針のメバル仕掛けをつけた。
餌は1週間前に買った青イソメの残り、何匹かは腐っていた。
仕掛けを投入して5分、2本の竿の仕掛けを回収すると餌がない。
まだ餌盗りが活躍中らしい、餌が少ないので釣りを休止し餌泥棒がいなくなるのを待った。
闇が濃くなった午後6時半、釣りを再開。
午後7時半までアタリなし。

1本の竿の浮子を外し、仕掛けを足元の海に落としてみた。
それから10分、前述の各駅停車(ドンコ)が釣れた。
ここで方針をチエンジ。
釣れないメバルに見切りをつけ、竿2本とも足元の根魚狙い。
午後8時半までにドンコを4匹追釣した。

納竿
午後9時。
餌もなくなり、アタリも遠くなったところで、撤収。
スティーブ・マックイーン主演の『華麗なる賭け』という映画があった、最後の賭けは恋人に裏切られ、失敗に終る。
ノビタの『カレイなる賭け』も一寸先は闇、しばらくはドンコと遊ぶしかないか。

本日釣果
各駅停車 24~26センチ 5匹


The END
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