2011年3月23日(水)


ノビタの釣り天国


       もう1歩前へ


                                            もう1歩
招かれざる客
避難所で暮らす人々の苦労はTVで察せられるが、
神は、我々にも試練を与えようとしている。

毎日、招かねざる客がやってくる。
放射線の黒い影と、余震だ。
今日は、とうとう東京の水道まで黒い影に犯された。
余震は日に十数回もやってきて、
時には、ドドーンと震度5クラスのデカイやつもやってくる。
そのたびに、ノミの心臓が飛び上がり右往左往。
”神”も”仏”もない、世は末世か。

東海原子力は我が家から3キロメートル圏内。
海岸沿いにある。
いつ福島原発と同じような事故が起きてもおかしくない。
かみさんは《こんな所に住みたくない、もっと遠くへ》とぼやく。
でも・・・。
日本の何処へ逃げたら安全なのかしらん?
日本国中、原発だらけなのに。
悲観的楽観主義者の俺は、腹をくくった。
《ケセラセラ》、なるようになれと。

     
もう1歩前へ
巷のマエストロ
どうせこれから50年もしないうちに地球の塵となるわが身、
何をくよくよ川端柳さ。
せいぜい笑って生きるべし。

開高健が、アメリカのトイレの落書きをレポートしていた。
その中の話しである。
トイレにも小と大があり、その小の落書きの、
「君ノ物ハ君ガ思ッテルホド大キクナイノダカラ、モウ一歩前ヘ出タマエ」
が、古典的名作であると賞賛。
俺も、思わずう~んとうなり、タジタジ。
さすがである。
巷にキラリと輝く才である。
この落書きしたマエストロ(巨匠)が、日陰の花で終わったか、
アーチストになり大輪の花を咲かせたか。

ノータリン
生まれた時から《ノータリン》の俺には、
とてもこんな名文は浮かばない。
小さいころおふくろに、ドジをするたびに《ノータリン》と言われて叱られた。
意味がわからないので、外国語であろうと思っていた。
それがほめ言葉ではないことくらいは、幼心にも分かっていた。
少し大きくなってから、
《ノータリン》とは、日本語で《脳足りん》であることが分かった。

そのおふくろが、失敗作を見るように俺を見る時がある。
以心伝心、俺にもおふくろが考えていることがわかる。
その都度悩んだ、ーホント。
でも《ノータリン》は、生きていく上でそれほど障害にはならなかった。
粗衣、粗食、粗XXに甘んじながら黙々と働き、
白髪三千丈まで生き延びたのだから。

 白髪三千丈  白髪(はくはつ)三千丈(さんぜんじょう)
 縁愁似箇長  愁いに縁(よ)って 箇(か)くの似(ごと)く長し
 不知明鏡裏  知らず 明鏡(めいきょう)の裏
 何処得秋霜  何れの処よりか 秋霜を得たる
   (『秋浦(しゅうほ)の歌』李白)


The END
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