1980年秋     広島県 山奥のダム湖        

        1980年の秋・・

今夜おひま?
2番目のお話です。
いまから十数年前に広島に出張した時のことです。
広島駅からバスで1時間ほど山に上り、さらにバス停から歩いて30分ほど行った山奥の湖畔の宿に泊まりました。

明日は帰社する前の晩のことでした。
午後7時に宿に帰り、1階のレストランで夕食をとっていると、
「今夜おひまですか」
声をかけたのは、この宿とレストランを経営する30代前半の旦那です。
人家も無い山奥ですから、それはもう”おひま”です。
「ウナギを釣りに行きましょう」と誘われ大喜びでお供することになりました。

この夜釣りで、ノビタはブラジル語でオーパ(この世には有り得ない現象)を経験し、腰を抜かしたのです。
それはもう信じられないものを釣ったのです。
広島の山奥に住んでおられる方は、おおよそ察しがつくと思いますが・・。

ダム堤の上に
旦那と話したのは、この時が始めてです。
ひょっとすると旦那は、動物的本能でノビタに同類を感じたのかも。
キツネやタヌキや、やまんばが出て来そうな夜道を、旦那のライトバンでブッ飛び。
キキーーッ!とダム堤の上で止まりました。

シーンとしています。虫も、動物も、草も、木も、魚も、み〜んな眠っているようです。
地上には街灯が、ほんの数個灯っているだけですが。
夜空には幾千もの星が、シャンゼリゼのように輝いていました。
もうここは宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」の世界です。

竿10本で
旦那は車から飛び出し、急いで竿の準備を始めました。
車から出した竿は10本、全てリール付き、針にドバミミズを付けています。
ダム堤の上から湖面までは約30メートル、湖面から湖底までが約30メートル。

旦那の話しでは、ここに棲むウナギは巨大で、太さは大人の男子の腕ぐらいあるそうです。
そんな化け物を、タモ無しで高さ30メートルを、どうやって引き上げる?。
ハリソン・ホードの「魔宮の伝説」なみのサスペンスが見られるのか。
もう釣る前から”血が沸騰し、肉が阿波踊り”状態です。

10本の竿の先に鈴を付け、全て仕掛を湖に投入し待つこと3分。
「リリーン♪」と鈴が優しく鳴りました。
どの竿が鳴ったのか、2人で竿の端から端まで走りながらチエックしたのですが。
アイ・ドント・ノー(わかりませ〜ん)。
「リリーン♪」
また鳴りました。今度は分かりました。

上がったのは小物です。
この地方では、ギギギという20cmほどのハゼ科のような魚でした。
警察が、銀行強盗だと思って捕まえたら、コソ泥だったようなもんです。

日本の安全は?
しばらく何事もなく時は過ぎ。
ふと後ろを振り返って「ギョッ」としました。
パトカーが止まっていたのです。
警官2人が車から降りてきて、ニコニコと宿の旦那と話しています。

そして「ガンバッテ」と言って、パトカーは去って行きました。
ホッとするのと同時に、何やらムラムラと広島県警に対し不満が。
ガンバッテとは何だ!!。

もっと徹底的に不審(?)な2人を取り調べるべきではなかったのか?。
もし我々2人が、ダム爆破犯人だったらどうすんの?。
ゴメンナサイでは済まんのだぞ。
職務をもっと真面目に遂行しろ!。
この晩ノビタは、日本の安全は保証されていないことを知ったのです。

始めの衝撃
針が落ちても聞こえるような静けさです。
突然、「リリーン♪」と鈴が鳴り。
続けてまた、
「リーン、リーン、リーン♪」
竿が分かりました。

リールを巻くのはノビタの役目です。
堤上からダム湖の底まで約60メートル。
オイショ、オイショ、と汗を空中に散布しながら、リールを巻いていると。

目の前に獲物が上がって来ました。
「ドッ・ヒャーーーー!」
ノビタの頭上に特大のビックリマーク。
ナント、獲物は四つ足です。
これまでの経験や、常識や、秩序が、木っ端微塵に飛び散りました。

”未知との遭遇”です。
「スッポンだ!、明日の晩、鍋にして食べましょう」
宿の旦那も大喜び。
それは40cmを越えるダムの主のようなスッポンでした。
旦那の話しでは、この辺の川や田んぼに自然に繁殖しているのだそうです。

とうとう
どれほど時が流れただろう。
突然、
「リリリリリーン!」
鈴の音が闇を切り裂いた。
さては?。見ると。
一本の竿がヒックリ返って、リールが柵に引っ掛かっている。
ダッシュ!危機一髪!、竿を掴まえた。

竿を起こす、その重さ、尋常ではない。
「これはノーテン・ファイラーだ(お手上げだ)」
竿は、”の”の字に曲り、ミシミシミシと断末魔のうめき声を上げ。
そのままダムの端の方へ引っ張られて行った。
正体不明の化け物のなすがままに。

宿の旦那が、
「ダムの下に降りるよ」
と叫びながら走って行った。
ズルズルとダムの端まで引き摺られて行くと。
下の方から、
「コッチダー」
の叫び声。
声の方に、なんとか化け物を誘導して行った。

下の方で、ドブン!、バッシャ、バッシャ、バッシャと壮烈な闘いの音が。
しばらくして、元の静けさが戻り。
シーーンとなる。
リールを巻くと重さがない。
不気味な風が吹き抜ける。
「オーーイ」と呼びかけたが応えがない。
どうした?。

決心して、ダムの下に降りて行こうとすると。
薄暗い闇の中から、大きい魚がこちらへ。
「ヨイショ、ヨイショ、ヨイショ」
と旦那の声がその後ろから。
それは魚を抱いた旦那だった。

その魚、大きさは1メートルを越え、胴回りは人間よりも太い。
それは、黄金色に輝く鯉だった。
旦那がハフー、ハフーと肩で息をしている。
地上に下ろした鯉を見ながら、2人でタバコを吸った。
ジェローム・カーンの「煙りが目に沁みる」のように、タバコの煙りが目に沁みて涙がこぼれる。

この感動に比べたら、せちがらい浮世に生きている価値は、なんぼのものか。
しばし山奥の静謐の中に身を沈め、無数の星を眺めていた。
本命のお化けウナギには遭遇出来なかったが、宿の旦那から頂いた素晴らしい思い出の夜だった。
明日は、濁流が渦を巻く下界に、嫌がおうでも降りなくてはいけない。

次は小笠原編をリメークしてお届けします。
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