20数年前 久慈川河口            

     釣り狂ノビタ誕生秘話

始めに(2003年7月某日)
右足の回復が遅れ、まだ外出もままならない。
小人の国に漂着したガリバーが、大地に全身を紐で固定されたような姿で、布団の中で伸びている日々が続いている。
ハエが、天井と、襖と、壁と、窓に囲まれた空間を飛んでいた。
それを目ん玉で追いかけるノビタ、
「私はハエになりたい」

「禍福(かふく)は糾(あざな)える縄の如し」
禍の次は福だけど、神様、仏様、福より右足の全治を優先して下さい。

頭と手は正常なので。
20数年前に、”雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ”の釣り狂いが始まったその日を、以下に回想してみた。


気狂いに竿
時期は9月。
彼女の運転する車が、青空の下を久慈川河口に向かって疾走していた。
清々しい秋風が、車の中を駆けめぐり去っていく。
まだ夏の勢いの太陽が、地上の景色を白く霞ませていた。
今日はノビタが始めて、海釣りに挑戦する日である。

先日、彼女がデパートに買い物に行ったついでに、そこで2,500円で海釣りセットを購入して来た。
無趣味のノビタに、釣りをやらせようとしたのだ。
それが”気狂いに竿”だったとは、彼女は夢々、思いもしなかったろう。
運転する彼女の隣りに座っているノビタも、まさか自分の運命が、この日を境に激変するとは思ってもいなかった。
これも神のお導きか。アーメン。

まず魚の餌を
初陣の戦場は、久慈川河口にした。
理由は、河口はまだ川の領域で、海のように芒洋としていず、魚がいる場所の検討がつくだろうと思ったからである。
途中、赤い橋の手前にある釣り具屋に餌を買いに寄った。

店に入ると、無口で無愛想な親父さんが出てきた。
これはまずい。
初心者のノビタには、少しおしゃべりな店員の方がよかったのだが。
ともかく、
「エサ下さい」
と注文すると。
「どのエサ?」
と聞かれ。
「魚を釣るエサ」
と応える。
「そりゃそうだが、何を釣んの?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
応えられなかった。
「どこでやんの?」
川を指差し。
「そこの川」
と応えると。
「うん」
会話は、たったこれだけ。
今、何が釣れているとか、何処が良いよとかのアドバイスがない。
(もう少し商売気を出してよ!親父さん)

親父さんは、ムカデの様に無数の足を持ち、生け簀でクネクネと泳いでいた赤い虫を数十匹箸(はし)で掬い、プラスチックの箱に入れ、
「300円だよ」
と渡された。
釣れるとは思っていなかったので、どうでもいいとエサの名前は聞かなかった。
これが大失敗、次に同じエサを買いに行った時に、
「赤い奴」
と言ったら赤イソメを出され、何か違うと思いながら千円で買ってしまった。
3度目の釣行で、始めに買った餌はゴカイである事が分かったけど・・・。


ベールは倒すもの
早速、その餌を持って久慈川河口に行き、土手の上から釣り場を物色すると。
水門の所から川の中央に向かって、砂が溜まって出来た砂州があった。

そこには誰もいない。
砂州は一面がボウボウと雑草に覆われ、その中から小鳥のさえずりが聞こえて来る。
絶えず吹く涼しい風に、縞のように腐臭が混じるが、気にするほどでもない。

魚がいるのか、いないのか半信半疑のまま、2,500円の竿と仕掛一式と餌を持って砂州の先端に行った。

2.7メートルの竿にリールを付け仕掛を投げると、仕掛は足元に落下。
もう一度投げたが同じ。
何度やっても同じ。
これでは釣りにならんと、彼女に車で迎えに来てもらい。
車の中で、
「これは不良品だからデパートに返そう」
と言いいながら家に戻った。

家に戻り、庭で竿に付けたリールを触っていると、道糸の出を止めている鋼の輪が前に倒れ。
すると、道糸が錘の重さでスルスル出て行く。
「・・・・!」
こういう事か。(鋼の輪(ベール)を倒さないと道糸が出ない事を知る)
早速、彼女に再度、久慈川に運んでもらった。
(2,500円の投資が無駄になってはと、彼女は文句も言わず運んでくれた)


入れ食い
さっき来た場所に戻ったのは、午後3時を廻っていた。
胴仕掛3本針に餌をつけ、川の中央めがけて仕掛を投げると、岸から20メートルほどの川面にポチャン!と仕掛が落っこちた。
側に転がっていた木の枝に竿を立てる。
竿を置くか、置かないうちに、竿先がキュイーン、キュイーン、キュイーンとお辞儀を。
心臓が喉頭から飛び出すほど驚いた。
信じられなかった。
まさかまさかである。
間違いなく魚の引きである。
この瞬間に、投げやりの気分が雲散霧消した。

竿をつかみリールを巻くと、ククククッーーー、ククククッーーーと道糸が、逆方向に引っ張られる。
ゆっくり足元の砂浜に引き上げると。
イワシのような小魚が3匹、砂浜でピチピチ跳ねていた。

餌を付け直し、第2投。
仕掛が落ちたポイントは、先ほどのポイントから20メートルほど右側である。
投げ直そうとリールを巻いていると、ビクビクビクとあきらかに魚の引きが、手元に伝わってきた。
魚って、こんなに簡単に釣れるもの?。

この後も、仕掛が落ちる位置は、いつもてんでバラバラだったけど。
魚は何処にもいた。
まるで、仕掛が落ちる所に、慌てて泳いで来るようだった。
釣れる魚は体長13〜15センチの小魚だったが、夢中になって釣りまくった。
誰もいない川辺で、ただ一人で釣りを満喫、釣りって最高!。
この後、様子を見に来た人に、釣れた魚はセイゴである事を教えてもらった。

時間が経つのは早い、もう午後5時を廻っていた。
秋の日暮れは早く、ストーンと夜が落ちて来る。
まだまだ続けたかったが、竿をかたずけた。
釣れた数は、40匹を越えていた。
この日から10月末まで、休日は久慈川河口に通ったが、この日が釣果のピークで、以降はさほど釣れなくなる。


終わりに
車で迎えに来た彼女に魚を見せると、大喜び。
彼女が投資した2,500円は、無駄ではなかったのだ。
釣った魚を空揚げにして食べた。
彼女は美味しい、美味しいを連発、これもノビタを釣り好きにする演技だったかも。
その結果、ノビタの休日は、何が何でも釣りが最優先され、家庭の事はほとんど見向きもしなくなる。

釣りに暴走するノビタ、彼女はここまで期待したか。
「NO!」
時の経過とともに、どんどん愛想が悪くなり、
「貴方の釣りはガツガツしていて品が無い!」
とのたまわるようになった。
「花に百日の紅ないなく 人に千日の良い顔なし」(水湖伝)
でもこれはノビタの責任か?。
「NO!」
と何処吹く風だったが。

とうとう天罰を食らい5月に右足を骨折、いまだ回復せず。
彼女は、ノビタの釣りへの暴走を止めるため、此所まで望んだか?。
「YES!」
「私はハエになりたい」

The END

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